自転車は、私の趣味の一つである。これまでマウンテンバイクや小径車に乗っていたが、今年の8月、友人からロードバイクを譲り受けた。そこでこの夏、友人達としまなみ海道ツアーと錦江湾一周ツアーに行ってきた。


●しまなみ海道は、ロケーション、ハード、サービスともにハイレベル
 西瀬戸自動車道、通称「しまなみ海道」は、広島県尾道市の西瀬戸尾道ICを起点とし、向島・因島・生口島・大三島・伯方島・大島などを経て愛媛県今治市の今治ICに至る有料道路である。しまなみ海道は様々なメディアで紹介されている日本有数のサイクリングコースであり、日経新聞土曜版の「なんでもランキング」でも、おすすめのサイクリングコースランキング1位に選ばれている。
 私がしまなみ海道を走ったのは8月20日。朝8時頃、尾道を出発し、途中で直売所や商店街、博物館等に寄り道しながら、午後5時頃に愛媛県今治市へ到着した。尾道の宿泊施設を出発してから今治市の宿泊施設に到着するまでの総走行距離は約90kmであった。
 私が感じたしまなみ海道の魅力は、まずはそのロケーションである。大小様々な島々が連なる瀬戸内の景観、漁村の営み、斜面に広がる田畑や柑橘類の畑。三連つり橋の来島海峡大橋、塔から斜めに張ったケーブルで橋を支える斜張橋の多々羅大橋など眼下に海を眺めながら走るコースは「空中サイクリング」と言われる所以である。
 また、ハード面の整備状況にも感心した。それぞれの橋には自転車専用道が完備されており、一般道から橋に出入りするための取り付け道が自転車専用のループ橋であったりする。そして、尾道から今治に至るまでの道路には十分な広さの自転車専用レーンが設けてあり、路面の凹凸やタイヤがはまりそうな側溝も無い。一部分、自転車道が歩道上に設けられている部分もあるのだが、車道から歩道に入る際の段差が非常になめらかに作られており、ストレスを全く感じない。
 そして、ソフト面も充実している。例えば、生口島の「しおまち商店街」は、入り口のゲートに「サイクリストオアシス」という看板を掲げており、自転車愛好家達を迎えている。この商店街に入ると、サイクルジャージに身を包み、高価な自転車に乗った方々がしばし自転車を停め、ローストチキンをほおばっていた。さらに、尾道から今治までの間には、レンタル・相互乗り捨てが可能なサイクルターミナルが10箇所設置されており、これらは周辺自治体が管理・運営している。加えて、サインやマップも充実している。また、「シクロツーリズムしまなみ」というNPO法人が現地発着のガイド付き自転車ツアーを展開している。
 このように、しまなみ海道は、さすが聖地だけあってロケーション、ハードと、その上に展開されるソフトが渾然一体となってサイクリストを迎えている。
 しまなみ海道開通前(1998年)の今治市への観光客は314万人であったのが、開通後は約500万人に増加している。しまなみ海道の整備をきっかけに、地域住民、事業者、地方自治体が自転車観光客にターゲットを見据えた取り組みを一体的に進めた効果が現れている。


友人達としまなみ海道(因島大橋)を疾走!先頭がワタクシ(^^;)
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しおまち商店街のゲート
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●大隅半島のサイクリングツアーの可能性を探る
 さて、話題は九州へ。今年3月12日に九州新幹線が全線開通して約半年が経過した。鹿児島県によると、7月の同県への宿泊観光客は前年度比23.5%増加している。また、新幹線の終着駅である鹿児島中央駅と指宿駅を結ぶ観光特急「指宿のたまて箱号」は乗車率が95%と、ほぼ満席が続く状況であり、鹿児島市周辺ならびに薩摩半島への恩恵は大きい。しかし、大隅半島へと目を転じると、新幹線開通の波及効果は対岸と比較して大きなものとは言えない。県が7,000万円の予算を投じ、大隅半島への宿泊観光客に対して24時間分のレンタカー利用料金を全額補助するキャンペーンを実施しているものの、その効果については地元事業者から疑問の声が挙がっている。
 そのような状況下、3月下旬から7月にかけて雪丸君と私は南大隅町地域経済活性化協議会からの委託を受け、観光資源掘り起こしと商品開発のためのワークショップを3回開催した。このワークショップには、毎回30名以上の町民が参加されていたのだが、その中で、地元の方々から錦江湾沿いの雄大な自然景観を楽しむことができるサイクリングツアーやトライアスロン大会の誘致に関する意見が挙がっていた。世の中の健康志向・環境効率性への志向を勘案しても、サイクリストをターゲットとしたツーリズムへの需要はまだ伸びる余地はある。ならば一度試行してみようということで、大学時代にサイクリングサークルで全国を回っていた友人I氏と雪丸君、そして私の三人でモニターツアーを企画したのであった。
 鹿児島へと向かったのは、しまなみ海道に行った翌週8月27日であった。朝7時過ぎに輪行バッグに自転車を詰め、九州新幹線に乗って博多駅を出発し、1時間半後に鹿児島中央駅に到着。そこから鴨池港まで自転車で30分ほど走り、フェリーで垂水港へと向かった。そして垂水から佐多岬までの約70kmは、自転車での旅である。途中で、鹿屋のカンパチを堪能し、右手に桜島や開聞岳の雄大な自然を楽しみ、直売所に立ち寄りながら南大隅町役場付近に到着。ここまでは楽しいツーリングであったが、南大隅町内の旧佐多町に入ってからは急なアップダウンが続いた。佐多支所(旧佐多町役場)付近から歯を食いしばって必死にペダルを漕ぐこと1時間半。夕方6時半頃、やっとのことで本土最南端の民宿「なぎさ」に到着した。ここで我々を出迎えたのは、漁師でもあるご主人が自ら仕留めた石鯛と伊勢エビであった。その美味しいこと。地元大隅半島の芋焼酎をいただきながら、疲れを癒した。
 夜が明けて28日の朝6時頃、民宿を出発して佐多岬へと徒歩で向かった。民宿から大隅半島の先端部まで地元の方から教えて頂いた獣道を30分程度歩き、佐多岬からの日の出を拝んだ。この辺りにはソテツが群生しており、南国情緒たっぷりであった。ニューデリーやカイロと同じ北緯に位置するのだから、それもそのはず。1871年に設計された白い灯台の後ろから登る朝日は雄大な景観であった。しかし、岬先端部に岩崎グループの廃墟があるのは残念。佐多岬一帯は岩崎グループが所有しているのだが、国立公園内であり規制が厳しいことや、今後の整備に多額の費用が必要であると見込まれることなどから、今後、投資をする計画はないそうである。施設の改装までは必要ないとしても、防犯防災の観点からも、せめてこれらの施設を撤去してはどうかと思う。
 大隅半島ツーリングの見所は、その独特の景観であった。一帯は2万数千年前の火山噴火により形成されたカルデラであるため、地形は山が急な崖となって落ち込み、急斜面に造られた棚田のすぐ下が海となっている。海風を体全体で感じ、山間部の原生林、山から海の間の田園風景、そして海の向こうの開聞岳を一望しながら走ることができるこの環境は、大隅半島ツーリングの醍醐味であろう。それに加えて、南大隅町には競輪場のような自転車バンクがある。私もバンクを走ってみたのだが、端から見るよりも壁がそそり立っていて恐怖を感じる。しかし、自転車好きの人の中には一度は走ってみたいと思う人が多いのではないだろうか。
 朝10時過ぎにバンクを走った後、大隅半島の根占港から薩摩半島の山川港へフェリーで渡り、自転車で指宿まで移動。指宿で砂蒸し風呂に入った後、観光特急「指宿のたまて箱」号に乗って鹿児島中央駅へ。その後、新幹線で博多へ向かい、19時頃に博多駅に帰着した。


●「錦江湾一周サイクリングツアー」は福岡からの一泊二日の旅にピッタリ
 鹿児島ならではの農畜水産物や焼酎、温泉などの土地の魅力を楽しみながら走る「錦江湾一周ツアー」は、自転車という乗り物を使うからこそ、土地の風土、言葉、薫りを体全体で感じることができる内容であり、福岡からの一泊二日ツーリングコースにぴったりだと思う。健脚の方であれば、鹿児島市からフェリーで桜島に渡り、ゴツゴツした火山岩を間近で見ることができる「溶岩ロード」を起点に大隅半島を南下、そして佐多岬周辺で宿泊。次の日は薩摩半島を頴娃街道に沿って北上するコースがオススメ。
 錦江湾一周ルートは、自転車観光ルートとして先に述べたような大きなポテンシャルを持っていると思う。自転車レーン整備や凹凸の解消、サイン整備など、時間も予算もかかる整備は徐々に進めていけば良いと思うが、自転車観光の情報発信、マップづくり、人々のもてなし意識の醸成、サイクリスト向けの食事・特産品メニュー開発など、比較的お金のかからないソフト面の取り組み、徐々に受け入れの環境をつくっていければ、南九州を代表するサイクリングコースになりうるポテンシャルがあると思う。ぜひ、しまなみ海道のように官民、地域一体となってターゲットを見据えた観光地域づくりを行って頂きたいと思う。


●サイクリストはよく飲み、よく食べる観光客
 サイクリストは体が資本なので、よく飲み、よく食べる観光客である。また、疲れた体を癒すために宿泊を伴うことが多い。加えて、周りの自転車好きを見渡しても、好きなことには投資をいとわない、消費性向が高くアクティブな人が多い。さらには、レースなどの大会を誘致できれば、愛着を持って毎年訪れる観光客になってくれる。地域の観光事業者からすると、なかなか有望な客層なのではないだろうか。
 自転車まちづくりは私の趣味と仕事がクロスオーバーする部分であり、今回の南大隅町のように、観光商品開発の意見を述べさせて頂く仕事は大変ありがたい機会であった。この分野には、これからも関心を持ちつづけていきたいし、仕事で訪れる様々なまちを自転車で走って、そのまちの雰囲気を肌で感じていきたいと思う。


南大隅町に入ってからは、山、里、海の多様な風景を楽しむことができる
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本土最南端の民宿にて、石鯛や伊勢エビなど、大隅の海の幸をいただいた
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佐多岬に登る朝日
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自転車バンクは誰でも走ることができる
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 佐賀市富士町(以下富士町)は、北は福岡市に接しており、面積の8割を森林が占める山間地の過疎地域である。平成20年の人口は約4,500人(高齢化率3割)とピーク時の半分以下となっており、それにともなって事業所も減少している。
 そうした過疎地域において、町民の所得向上や交流人口の増加を目標とした「情報化ビレッジ形成プロジェクト」が始まって、1年9カ月が過ぎた。弊社は佐賀県情報課より、同プロジェクトの全体管理を受託しており、今年度末に事業が終了する。また、事業の推進のために、緊急雇用事業で4名を雇用し、「ふじねっと」というチームを組織し、これまで町内でパソコンやソーシャルメディアの使い方講座、情報化シンポジウム、12回のモニターツアー、特産品のオンライン販売などを行ってきた。
 そして6月1日に、富士町情報化ビレッジ形成プロジェクト事業の成果を、事業終了後も継続するべく、新法人を立ち上げた。その法人の名前は「株式会社インビル」。インビルとは、Information Network Village、すなわち情報化ビレッジの略称である。社長は、ふじねっとのチームリーダー、永田靖智さんが務め、私も経営陣の端くれとして社外からサポートさせていただいている。


●事業目標:農家の所得を60万円向上、プラッ トフォームの運営者の雇用創出(4名)
 ㈱インビルが行う事業は、特産品開発ならびに観光商品開発、そして、地域住民へのICT面のサポート、地域密着のシンクタンク事業である。これらの事業を展開することにより、参画していただける住民の方々の豊かさ(所得やにぎわい)を向上させることと、中山間地における雇用を創出することを目標としている。メインターゲットとしては福岡都市圏・佐賀市内の40~60代女性を想定している。
 中核事業のうち、特産品開発については『健康・簡便・安心』の志向性を持つ女性に対し、地域の高齢者手づくりの「山菜の煮物」の真空パック商品や菓子、惣菜を販売している。また、観光商品開発事業に関しては、健康・美容を前面に出したツアーや、農業体験などの着地型観光に取り組んでいる。全国各地の事例を見ると、韓国情報化村事業や馬路村の柚子関連商品のように、地域の名前を冠した特産品を販売することで地域の認知度が向上し、観光客の増加に成功した、あるいは逆に地域に観光客を呼び込み、土地柄、人柄を知ってもらった上で、継続的に物品を販売するなど、特産品と観光の相乗効果の創出に成功した地域はいくつもある。富士町においても、二つの中核事業を並行させることで、相乗効果を創り出したい。


●町に入って2年、周囲の反応が変わってきた
 町に入って2年足らず。当初は地元住民から活動への疑問、苦情等々色々言われ、心を痛めることもあったが、足繁く地域に通い、コミュニケーションをする中で信頼関係が生まれ、今では「残ってもらわんば困る」「協力しちゃーけん、頑張ろうや」「出資してもよかぞ」などと温かく心強い声をいただくようになった。また、地域の高齢者の方々とチームを組んで事業に取り組む体制をつくることができ、地域協議会の事務局や、JAから主力商品の米のブランド化を委託されるなど、町内での連携が生まれている。


●情報化ビレッジの推進は、発掘、連携、循環の プロセスを回すサイクル
 富士町において情報化ビレッジの地域経営モデルを検討し、一部実施を試みた結果、情報化ビレッジの運営・推進には、以下の3つの段階が存在すると考えている。第一段階の地域資源の「発掘」に関しては、求心力と危機感のあるリーダーの存在が重要。例えば「葉っぱビジネス」で有名な上勝町では横石さんがそれにあたる。富士町では前支所長と永田さんである。特に短期間で効果を出すことが求められる事業においては、地域内に既にネットワークを持ったリーダーが周囲を巻き込んでいかなければ、なかなかコトは動かない。
 そして、第二段階の「連携」においては、地域資源に対して、外部の専門家や地域内の他産業の連携などにより、地域資源をビジネス化する動きをつくる。この段階では、当初は経済的なインセンティブは働かないので、参加のモチベーションは信頼・共感といった心理的なインセンティブとなるが、ここでもリーダーの果たす役割が大きかった。富士町では、支所にお願いして立ち上げて頂いた地域協議会や各種勉強会等に、主要な利害関係者の方々に出席して頂き、地域内の連携を図った。また、ふじねっとのメンバーが取材や講座等で地域の方々とふれあい、信頼関係を構築するにつれ、活動に参加していただける方々が増えてきている。加えて、コミュニケーションのプラットフォームである地域ポータルサイト(ブログ、ツイッター、facebook)を活用して都市住民や顧客に地域資源の魅力を伝えている。
 さらに、その後第三段階として、例えば森林や農村の維持保全、健康改善等の価値感に共鳴した顧客が、地域に外部者としての気づきを与えてくれたり、実際に磨き上げの主体として参加する、「循環」の段階になる。富士町は、今この段階である。一部、ツイッターでイノシシの害についてつぶやくと、イノシシを嗜好する顧客属性に関する情報や、加工法を2時間、延べ40件以上のコメントでアドバイスをくれるということなどがあった。
 また、facebook内に富士町のfacebookページ(公開)と、富士町の活性化ページ(非公開)があり、前者は現在約80名、後者は約40名メンバーがいる。特に後者のコミュニティは、佐賀県最高情報統括官(CIO)をはじめとした情報課の方々も参加され、まちの活性化について活発に意見交換をしており、6月には古湯温泉の旅館でオフ会を開き、将来的なイベント開催についての企画を検討している。
 地域資源を活用した事業化プロセスがもし上手く回りだせば収益が生まれる。そうすれば、協力者も協力したいといった気持ちになるとともに、配当や謝礼といった経済的インセンティブを実現することが可能になる。また、次の資源を磨き上げる(事業化する)ための原資を得ることができるのではと考えているが、まだ富士町はこの段階には到達していない。
 現在、国土交通省が「国土の長期展望」を取りまとめ中であるが、その中間発表では、2050年までに人口が3000万人以上減少、三大都市圏への相対的な人口集中が進み、国土の大部分は過疎になるという予測がなされている。公共事業や企業誘致等の外部からの投資も限られる中で、過疎地域の将来は厳しい。自らの地域資源を見つめ直し、それを求める顧客を捜し出し、事業化する仕組みを如何につくりあげるか。引き続きチャレンジしていきたい。


発掘、連携、循環のサイクル
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4月の事務所びらきの様子。富士支所内から北山ダム湖畔の元うどん屋に、事務所を移動しました

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●着地側が商品企画・提案を行う「着地型観光」
 近年、地域にあるヒト・モノ・サービス等を組み合わせ、内発的な産業を育成することが求められている。なかでも最近は観光を産業振興の重要な施策の一つに位置づける自治体も多く「着地型観光」というキーワードをよく耳にする。今回は、このテーマについて考えてみたい。
 以前の観光は、発地側の旅行会社が企画・販売する旅行に個人、団体で参加するスタイルが主流であった。しかし、情報化の進展により、インターネットで自ら宿泊先や交通手段を予約し、個人や小グループで旅をする観光客が増加している。また、個人のニーズが多様化する中で、観光客が求める「深さ」を発地側の旅行会社が企画し、準備することが難しくなっている。そのような中で、旅先の着地側の旅館や物販・飲食といった観光事業者に加え、様々な分野の事業者や地域住民が来訪者のもてなしに参画し、地域の資源を活かした地元ならではの商品・サービスを開発提供するスキームが各地で展開されている。
 九州でも、別府市の「ハットウ・オンパク」や、長崎市の「さるく博」を初めとして、様々な企業・団体・自治体が上記のような「着地型観光」の商品づくりに取り組んでいる。

●最近、着地型観光の商品づくりに関わる機会が増えています
 平成22年度は2件の着地型観光の商品開発を行う業務に取り組んだ。一つは熊本県からの委託を受け、社団法人山都町観光協会の新たな取り組みとして着地型の観光商品開発のお手伝い、二つめは国交省の委託による佐賀県佐賀市富士町における地域資源を活用したコミュニティビジネスの実現可能性調査である。
 観光客の多様なニーズを満たす商品を準備するためには、地域内の幅広い人材の連携と、地域資源を編集・加工して商品化、来訪者をもてなすといった一連の業務サービスを地域内で行うことが必要である。そのためには、事業に関わる方々の知恵やアイデアを結集し、理解や共働を得ながら、事業を進めていく必要がある。
 そこで、これら二つの事業においては、ワークショップによる資源の掘り起こしとツアー商品の案づくりを行い、それらの案について旅行会社やまち歩きのアドバイザー等、プロの目による磨き上げを行った。その後、商品毎に設定したターゲット層と合致する方々を実際にお招きして、課題を把握し、改善につなげるというプロセスを踏んだ。山都町においては29本のツアー案を作成し、うち1本を試行、富士町においては26本のツアー案を作成し、11回試行した。手前味噌ではあるが、いずれも来訪者の満足度は9割を超える評価を得た。

●着地型観光にはコーディネーターが必要だが、経営的には厳しい
 着地型観光を持続的に展開していくためには、着地側にてもてなしを行う住民や事業者の連絡調整の他、地域内の着地型旅行商品の提供者と市場(旅行会社、旅行者)をつなぐワンストップ窓口としての機能を担う体制があることが望ましい。こうした事業体のことを、観光庁は「観光地域づくりプラットフォーム」と呼んでいる(下図参照)。また、このプラットフォームの運営については、事務局・コーディネーターが必要であるが、この役割は観光協会や株式会社、NPO、行政等、地域によって様々な主体が担っている。
 このプラットフォーム内における売上げの分配について、ある旅行会社の方からお聞きしたところ、一般的な収入の配分は、地元事業者・町民側が8割、コーディネーターが1割、旅行会社が1割程度だそうだ。ということは、例えば5000円の観光商品におけるコーディネーターの収入は500円であり、これを毎週、年間50回実施したとして、毎回20名が参加した場合の収入は年間50万円にすぎない。コーディネーターが第三種旅行業の登録を行うと、利益率は2割となり収益は増加するが、一方で地域外への情報発信力は失われる。地域内の利害関係を調整し、営業を行うコーディネーターの存在が大変重要である一方で、コーディネート事業が独立採算となることは容易なことではない。九州の多くの着地型観光の取り組みをみても、赤字事業であり、行政の補助金等で補填されているというケースが多々見受けられる。

●コーディネート事業の成功事例は、南信州観光公社
 この着地型観光のコーディネート事業で成功しているのが、長野県飯田市にある㈱南信州観光公社である。出資者は飯田市をはじめとした近隣の14市町村の他、JA、交通事業者、新聞社等、周辺地域の中核企業が名を連ねる。
 昨年9月、同社の高橋社長を富士町にお呼びし、お話を伺った。以下は、その概要である。

 飯田市は人口約10万7000人の地方都市である。1996 年度より中高校生を対象とした修学旅行、総合学習プログラム(体験教育旅行)に取り組んでいる。当時は市の商業観光課が受入に関する事務局業務を行っていたが、農業体験の受入が増えてきたことに伴って2001年に第三セクター形態の「㈱南信州観光公社」を設立した。

●約500軒の農家をコーディネートし、中学生に「農村の普段の暮らしを」を提供
 「人との交流」をキーワードに200種類以上の体験プログラムを準備し、体験プログラムの指導は農家をはじめとする住民が担っている。販売は旅行会社が行い、南信州観光公社が受け入れ農家のコーディネートを行っている。農家民泊において学生に提供される体験メニューは、農作業の他、料理や工芸、加工などの農村生活である。

●200以上の商品ラインナップを持つが、農家生活・農業体験が売上げの8~9割
 南信州観光公社では、これまで200本以上の観光商品を企画し、多様なニーズに応える努力をしているが、個人観光客は売上の1~2割であり、その大部分を占めるのが教育旅行(農業体験)である。教育旅行が年間の売上げの8~9割を占めており、年間約1万人の中学生が農家民泊を体験している。個人観光客向け商品の観光公社としての売上げは、一人あたり200~500円であるのに対して、教育旅行は一人あたり1600円になる。加えて、一度に受け入れる旅行者数も100~200名と多い。
 受け入れ農家数は体験教育旅行の希望者の増加に伴って長野県南部地域一帯に拡大し、現在では市内外で約500軒となっている。
 設立4年目以降単年度黒字を計上し、2009年度の売上は1億5千万円。現在スタッフ7名(うち飯田市からの出向が2名)を雇用している。
 農家の所得は、多い所で年間60万となり、農作業を学生が手伝うことで労力的にも助かっているという声が聞かれている。

 このように受け入れが拡大し、参画農家の所得を向上できた秘訣を、「販売」と「受け入れ」の2つの面からみてみる。

●営業先を絞り、訪問・対面で販売
 販売に関しては、1996年から飯田市が教育旅行の誘致、滞在型グリーン・ツーリズムに積極的に取り組んでいたため、営業先がある程度絞られていた。また、高橋社長ご自身が元旅行会社出身であり、営業のノウハウを良くご存じだったという点が大きい。具体的には、旅行会社の修学旅行担当者がオフィスにいる確率の高い夕方以降に営業に行き、しかもプランの信用度を上げるために飯田市の職員に毎回来てもらっていたそうだ。ホームページに掲載するだけの待ちの営業では誘客は困難であり、営業先は教育機関に直接行くよりも、ある程度教育旅行市場を把握している旅行会社に行く方が効率的だそうだ。こうした商品の対面販売が、信頼度を高めることに繋がっている。(財)日本修学旅行協会調べでは、小中学校の体験学習実施率は1986年に18%であったのが、2006年には61%まで上昇している。高橋社長によると、まだまだ教育機関側のニーズは堅調であり、2年半後まで予約が埋まっている状態だそうだ。

●受け入れ面の整備のためには、行政の協力が不可欠
 受け入れ面については、体験農業に参画する意向のある500軒の農家を束ねているという受け入れ可能なボリュームの大きさが、他地域と比較して同社の競争優位な点である。この背景としては、飯田市が1996年から教育旅行の誘致や、滞在型グリーン・ツーリズムに積極的に取り組んでおり、同社の取り組みを全面的にバックアップしていたことが大きい。私も仕事で各地域を回っていて感じるのだが、いくら新参者(コンサルも含む)が地域のことを考えてモノを言っても、中々信用されず、提案事業に参画してくれるまでには、かなりの労力を要する。しかし、役所の人と一緒に行くと、すぐに信頼を得られる。行政への信頼度は強い。
 農家にとっては参加がしやすいという点も、参画者が増えた要因であろう。同社の商品のコンセプトは「ほんもの体験」であり、農家には、無理せずに普段の暮らしをそのまま体験させることが求められている。高橋社長のお話によると、「無理はせず普段の暮らしを見せる方が、提供者側も楽で、学生も喜ぶ。とにかく無理をしなくて良いから、と言っている。一部の成功者が出れば、追随者が続々と出てくる。」とのことであった。
 さらに、この500軒の農家を28地区に分け、各地区につき年間2回ずつの報告会を開催しているのだが、この報告会を定期的に実施することで、各農家が他の農家の取り組みを知ることができ、自然と農家の受け入れレベルが底上げされるそうだ。

●住民、事業者、行政のビジョンの共有が最大のハードル
 南信州観光公社の取り組みをみると、着地型観光事業を持続可能なものとするためには、地域住民、事業者、行政がタッグを組んで、同じ方向を見据えること、受け入れ体制を構築することが必要である。同時に、南信州観光公社のように、ターゲットに的確にセールスを行うこと、農業体験のように安定的に集客・売上げを見込める定番商品を持つことが望ましい。
 今年お手伝いをした山都町と富士町の2地域では、地域が同じ方向を見据えるという、その最初のステップにかなりの時間を要した。
 どちらの地域も中山間地域に位置し、稲作が主力の農村地域であり、今後農業の自由化の流れでますます環境は厳しくなると予想される。そこで、農業が持つ教育的な価値に着目した観光サービスによる所得の拡大への取り組みを進め、その中でも、一定のボリュームの来訪者が定期的に訪れるという教育旅行を柱の1つにするため、教育機関や企業とこうした地域を繋ぐことができないかと考えている。
 そのためには、外向けの営業も必要であるが、地域内の仲間をどう増やすか、という点が最も重要である。いずれの地域も、試行的に数十人単位の観光客をお呼びし、小さくても成功体験を積むところから始めている段階であり、プラットフォームとそのコーディネーターは存在するが、自治体や住民とのビジョンの共有という点では、まだまだのように感じる。しかし、今後もコーディネーターの着地型観光に対する本気の覚悟と、コーディネーターの活動をバックアップする行動派の行政職員との良いタッグが構築できれば、地域の中に少数の成功者が現れ、徐々に地域の参画者は増加するものと期待している。
 商品開発のお手伝いをした身として、地域への経済的な波及が表れてくれればと思うが、それだけではなく、外部者の目が地域に向けられることで、地元の人が地元の良さに気づき、新たな商品が次々に開発され、それを地域住民や外部のファンが何度も楽しむ。そういった息の長い事業になればと願い、応援をしている。


山都町でのワークショップは4回開催
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富士町でのモニターツアーは、当初想定した30名の募集が1日で完売
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「観光地域づくりプラットフォームの必要性」観光庁HPより
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 博多一風堂は、福岡市で創業し、世界に60店舗を超えるチェーンを展開しているラーメン屋である。今年春に創業者の河原社長から、ご自身のこれまでの半生と、今後の展開についてのお話をお聞きする機会があった。その際、如何に海外の飲食文化に適応していくかというご苦労についてのお話に関心を持ったので、NY出張の際には必ず一風堂に行ってみようと考えていた。

 一風堂のHPによると、2008年3月にNYに進出後、オープンからの1年間で20万人以上が来店、年商4億5000万円、日本のラーメン店として初めて「2009年版ミシュランNY」に掲載されたそうだ。NY滞在の最終日に、ディナーで一風堂に行こうかと店を訪れたところ、行列ができており「二時間半待ち」とのこと。凄い人気である。現地にお住まいの方に聞くと、この行列は毎日のことらしい。さすがにこれは無理だと感心しながらも、残念な気持ちで別の店に行った。食事後の帰り道、閉店間際の一風堂の前を通りかかり、無理を承知で「入れますか」と聞くと、「空いていますよ」との返事。さすがに腹は減っていなかったのだが、念願の一風堂NYということで、非常に嬉しい気持ちで店に入った。


何度か店の前を通ったが、いつも行列ができていた

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 のれんをくぐって店に入ると、右側に日本各地の108軒のラーメン屋の丼がディスプレイされ、その前にバーカウンターが設置されている。NYでは、店に並ぶときは店先のバーでお酒を飲みながら待つ習慣があるらしい。店の中は「ラーメンダイニング」というコンセプトで、インテリアも洒落ている。河原社長の祖父は日本画家、父親は美術教師ということで、ご自身も美的センスに溢れる河原社長。一風堂のロゴはご自分でデザインされ、店舗のデザインも監修しておられる。さて、メニューはダイニングというだけあって串焼きやサラダ、揚げ物などの単品メニューが多く、シメにラーメンを食べるというスタイル。ラーメンは日本でも定番メニューである「赤丸かさね味(Akamaru Modern)」や「白丸元味(Shiromaru Classic)」に加え、アメリカ人が大好きなオイスターから出汁を取り、豚骨スープと合わせて、チャーシューの代わりにアンキモを使ったラーメン「潮采(Shiosai)」という期間限定メニューもあった。ラーメンの価格は14ドルであり、チャージや消費税を加えると、日本のほぼ2倍である。


博多一風堂NYの限定メニュー「潮采」

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 私たちのテーブルに配膳してくれた店員はイケメンの外国人であったが、日本に留学した経験があるらしく、日本語が堪能。「原材料は醤油以外全て現地のもの」だそうだが、海外の食材を使って日本と変わらない味を実現している。日本のお店の味をそのまま再現しているところが人気の秘密だそうだ。福岡で何度も食べたことがある「赤丸かさね味」を食べてみて、確かにスープの味は福岡で食べる一風堂の味と同じだと感じた。ただ、麺をすするのが苦手な外国人のために麺を短くし、レンゲを大きくして、麺をレンゲに乗せて口元まで運びやすくするなどの工夫をしている。


店員のユニフォームの肩には九州をかたどったロゴがプリントされている

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 以前テレビ番組「ガイアの夜明け」で一風堂のシンガポール進出についてのドキュメンタリーを見たのだが、現地の食通を数十人集めて試食会を開催し、出た意見をもとにイスラム圏の食文化に合わせて豚を使わず、スパイスを効かせたラーメンを開発する様が映っていた。日本の食文化やデザインセンスの強みを核に持ちながら、現地の食文化や客の好み、生活様式に合った新しいラーメンを創造するマーケティング力は、ラーメン界のみならず、日本の飲食店の海外進出のモデルになるのではと感じた次第である。

  戦前のムラ社会では「困ったときはお互い様」という日常的な助け合いの関係性ができあがっていたが、戦後の高度経済成長期、地域から都市部に人口が移動し、コミュニティのあり方は変容してしまった。物質的に豊かにする上で効率の良い社会を作ったが、地域社会、かつてあった地域のつながりは分断された。このつながりを復活させる手法として、NPO法人グラウンドワーク福岡(以下GW福岡)と共同で「タイムバンキング」の可能性について研究している。今年度、国土交通省の助成をいただき、事例調査および八女市上陽町での実践を行う予定である。
  なお、タイムバンキングとはアメリカで生まれた考え方であり、基本的なルールは1時間の奉仕活動、お手伝いに対して、1タイムクレジットのやりとりを行うというように、お互いの助け合いを促す仕組みであり、全米で100近くの団体が活動している。 


●米国におけるタイムバンキングの資金源は個人や法人からの寄附金
 去る9月、GW福岡の齊藤さんと、タイムバンキング発祥の地アメリカでの運営事例を調査するため、ニューヨークに渡った(福岡空港→成田空港→ロサンゼルス国際空港→JFK国際空港と、24時間かけての長旅であった…)。次の日、NPO・NGOを広報面で支援する中間組織であるサラピス財団のエリック・オズモンド氏にお話を伺った。エリック氏は、米国の様々な地域でタイムバンキングを運営している団体の連携を図るため、関係者を集めて交流イベントを開催している。英国のタイムバンキングは、国や地方自治体、宝くじ財団からの補助金を活動資金としていたが、アメリカのタイムバンキング運営団体の多くは個人や法人からの寄附が資金源であり、サラピス財団も同様に寄附金を元手に活動している。日本と欧米では寄附文化が大きく異なるため、日本で運営する場合の財源確保が当面の大きな課題である。サラピス財団はマンハッタンの中でも高級ブランドや最先端なファッションの店が立ち並ぶSOHO地域に、複数のNPOとシェアする形でオフィスを構えていた。このオフィスが大変お洒落であった。ここ数年、米国の就職希望ランキング1位が株式会社ではなくNPOであるということは聞いていたが、米国におけるNPOの存在感を感じた。 


サラピス財団が入居する1階にはシャネルが入居するファッショナブルなビル
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●社会貢献活動の一環としてタイムバンキングに取り組む団体もある
 ニューヨークでは、訪問看護を行う非営利団体である「ビジティング・ナース・サービス・オブ・ニューヨーク(以下VNSNY)」にお話を伺った。VNSNYは社会貢献活動の一環としてタイムバンキングに取り組んでおり、従業員40,000人の中で、タイムバンキングに関わるスタッフは14名(フルタイムは7名)である。VNSNYでは、ディレクターのマシさんをはじめとしたスタッフの方々にお話をお聞きした。以下、マシさんからお聞きした話をかいつまんでご紹介する。

・VNSNYは2007年にタイムバンキングに取り組み始め、初年度の利用者は245人であったが、2010年9月現在では1,572名まで増加した。
・利用者は、名前、住所、生年月日、提供できるサービス等をVNSNYのコンピューターに登録しており、利用者はVNSNYに対して求めるサービスをリクエストし、VNSNYのスタッフがそれを提供できる人を検索するという仕組みである。
・タイムバンキングを介してやりとりされている活動は、教会や学校、病院、老人ホームでのボランティア、家庭教師、母親支援、翻訳、子どもの世話など幅広い。
・中国人街、メキシコ人街などではコミュニティの状況は良いとは言えない。また、言語が異なるコミュニティ間では同じビル内でも交わることが少ない。そこで、VNSNYスタッフがカラオケ大会を開催し、信頼関係を築く場づくりをしている。
・タイムバンキングを利用した履歴をコンピューターに記入しているのは、登録者全体の10%でしかない。しかし、実際は様々な助け合いがやりとりされており、確実に活動は広がっている。

 タイムバンキングは、かつてあったお互いの助け合いの行動を、目に見えるチケットやPCといったツールを使って復活させようという取り組みであり、「相互扶助の活動が行われているがタイムバンキングが利用されていない状態」というのは、この活動が目指すべき姿の一つだと思われる。マシさんはその状態のことを「嬉しい問題だ」とおっしゃっていたのが印象的だった。


VNSNYは多人種のコミュニティに対応するため、米国人に加えて中国人、メキシコ人など、スタッフの人種構成も多様
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●タイムバンキングの効果
 タイムバンキングには、地域コミュニティの活性化という効果がある。英国クリエイション・ディベロップメント・トラストのドーン・デイビーズ氏によると、「タイムバンキング導入以降、地域コミュニティが活性化され、居住環境が向上し、結果的に地価の上昇が見られた。また、人口流出に歯止めがかかった。」という。タイムバンキングと地価上昇の因果関係は分析の余地があるが、周辺地域の地価に対する市場の評価をみても、人口の推移を見ても、有効であると言える。
 また、タイムバンキングは住民の健康状態にも良い影響を与える。以前、NPO法人たすけあい遠州が運営する「もうひとつの家」を訪れた際、平均年齢90歳を超える高齢者の方々が時間通貨「周」をやりとりしており、大変元気に会話やゲームを楽しまれていた。聞く所によると、ここを訪れる高齢者で老人性認知症になった人はいないとのことであった。アメリカの政治学者R・パットナムは、地域住民同士の信頼関係やつながりを「社会資本(ソーシャル・キャピタル)」という指数で表しており、「社会資本指数が高い地域は、地域住民の健康水準が高い」 との相関関係を指摘しているが、袋井市の事例は、まさにこれにあてはまっている。繰り返しになるが、タイムバンキングは人と人とのつながりをつくる道具である。それが浸透することにより、地域住民にとっての住み良さや健康状況が向上する可能性もあると考える。 

●八女市上陽町でのタイムバンキングを試行する
 GW福岡のスタッフの方々と研究する中で、タイムバンキングの運営方式には、個人間の助け合いを主とする「個―個型」と、センター主催のイベントやボランティア募集に対してクレジットを発行する「センター型」の運営方式があるという話が出ていた。今年度は八女市上陽町でタイムバンキングの実証的な取り組みを行うのだが、タイムバンキングの仕組みを地域住民に説明し、参加者の輪を広げていくためには、最初はNPOの職員が中心となってイベントを開催し、住民に使う楽しさをアピールする「センター型」のスタイルを取り、徐々に個々のやりとりを増やしていく展開が望ましいものと思われる。使用するチケットは「環」と名付けられた。この名前には「めぐる」という意味の「環」や「~できる」という意味の「CAN」といった意味が込められている。農作業に対して「環」を配布したり、「環」を利用できる居酒屋等のイベントを通じて、環の利用の楽しさ、利便性を地域住民に体感してもらうとともに、課題を把握する予定である。
 八女市上陽町での取り組みは歩き始めたばかりである。今後、地域に根付くためには、仕組みの説明・普及活動、地域内で核となる人や場所の確保、運営資金など様々なハードルがあるが、上陽町での実証を通して、人と人とのつながりを復活させることができれば、タイムバンキングは地域社会における「豊か」な暮らしの一助になることができるのではないかと思う。


運営のスキーム
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尊敬する富士町の専業農家Mさん(58歳)のお話し。

農業はもちろん、スキーや料理、猪の解体などの達人。

とても奥さん思い。


●跡継ぎとして農業をはじめる。

農業は始めて47年、きっかけは農業高校卒業してから家が農家で後継ぎですからね、必然的に...ということです。佐賀農芸富士分校の農業課で3年間勉強してきました。その中で野菜部をたちあげ、トマトを種からまいたり、接木をしたりと、いろんな角度から研究してきました。そして卒業後、付加価値の高い農業をしなければということでまず、インゲン作りに取り組みました。


●インゲンから、ほうれん草、トマトへ。

最初はインゲン、ありとあらゆる路地野菜を作り、それからほうれん草の栽培を始めました。たまたまその時、茨城の筑波に研修に行くチャンスがあり、そこのほうれん草作りを見てきたときに、『これだ!』と。早速、機械を借りてきて栽培し、データを取り、この栽培方法は能力的、収穫的にもとても良いことが分かったんです。また、県の補助もあり、JA南山ほうれん草部会は飛躍的に収益を上げることができる野菜作りができるようになりました。ここまで行き着くまでにいろんな物を作りました。7年前にはブルーベリーを始め、5年前からはトマトのハウス栽培もやっています。


●自然にあるものすべてを使って栽培する

トマト栽培でのこだわりは、トマトを1本の苗木から2本の木を生やしていく、こうすると花がしっかりつくんですよ。そうしないと幹ばかり成長して実が付かないからね、あとは土作り。ヨシとかカヤなどの荒い素材を使って20年かけて作った土だから地力があり、水をやらなくても育つ、これが有機の土の力。もちろん除草剤は使ってないし、そのおかげでトマトの果肉がしっかりして、美味しいトマトができる。やっぱり土が命だね。 それと夏場の高温時期に対する環境作り、暑さ対策はとても大事です。

暑すぎるとトマトは花が受粉しなくなるのでやはり快適な環境作りが重要になってくる。これは他の野菜も共通で、特にほうれん草は冷たい水と土の力、あとは緑の風、風の力がとても大切で夏場の高温には山の谷間の風をうまく使わないと病気になるんだよ。

また農業はエコの典型的なモノと思っているよ。草を刈って飼料にする、冷たい水をかける、自然の風をあてる、冬場に気温がマイナスになることで害虫を殺して、野菜の甘みを出す、というように無駄な燃料や余分なモノは一切使わず、自然にあるものすべてを使って栽培するということ。こういう点で農業=エコだと思っている。


●土は農家の魂

一番大変だったのは台風で全部全滅したことだね。でもそれから復旧して、また土石流で土が全部流されて駄目になって復旧しての繰り返しだね。農業は自然が相手だからね、果敢にチャレンジすることが大事よ。

それとやっぱり、ほうれん草農家仲間が以前は120人くらいいたが嘉瀬川ダムや高齢化で今は30数名になってしまったことが精神的にはつらいですね、ダムで離農する農家の土は農家の魂だからダムの底に埋めるのは我々農家にはつらすぎると国交省にお願いしてその土を一トン車で運んだりもしました。

しかし、一方でここ数年、自分たちを見てきた若い農家が育ってきた喜びはあるよ。彼らが農業を本格的に取り組んでくれることが本当にうれしいですね、農業後継者との出会いがあり、その後、農業のサポーターとして帰ってきてくれることがうれしいですね。

あこがれでは飯を食えない、生活力がないと大変、それにはやっぱり自分たちの商品に付加価値をつけることが大切で、それを作るのも我々の役割だと思っています。商品作りとしては、野菜作りは物語づくり。土の物語、水の物語がないと商品は育たない。ぜひ食べてみたい!と思わせるものを今後も野菜に詰め込んでいきたいと思っています。


●これから

新規就農者の受け入れなど、町外から来る人に対して皆で連携して地域のサポーターとして地域を守っていきたいですね。人がいなくなることが一番寂しいから、緑の風が吹いて、人が来るようになるとことが一番いいですね。

「何も無いのが一番いい!田舎はイイね!」と住んでいる人がこの「宝の山里」に気づくことが大切。農家だけではなく、商工、観光旅館、林業そういうみんなの総合力が結集しないと地域の理想には近づけないと思っています。


このMさん、酔ったときのあだ名は「エロ観音」w


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ふじねっとHPより


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土曜の夜、通りを歩くだけで肩がぶつかる。

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上海蟹

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雨後の筍。

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上海の観光名所「豫園」
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豫園を出ると、しばらく仏像やパンダのぬいぐるみ等を売っている土産物屋が軒を連ねる
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歩いて10分もすると、徐々に道幅は狭くなり、怒号が飛び交う路地裏

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原付バイクがけたたましくクラクションを鳴らしながら走る
よくこんなスペースを走ろうと思うな~

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魚介類、カエルなど

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この狭い路地でニワトリをつぶしながら売っていた
血なまぐさい臭いが漂う路地裏
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上海の表通りと裏通り。
わずか徒歩10分で、全く違う表情を見せる。
グラウンドワーク マーサー・ロンド・カノンタフの皆さんと。
ここでは半年ごとに60名の失業者を受け入れ、工作や菜園づくり等の職業訓練を行っている。
ウェールズは元々炭鉱町として栄えたが、その後これといった産業がそだっていない。

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失業者の訓練プログラムの一環で、環境効率性の高い住宅を建設中。

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障がい者の方が作った工作。

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マーサー市の市長と面会。首から提げた黄金の首飾りがなんとも仰々しい(笑)

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里山の中に立地している。

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グラウンドワークカフィリーの農園を視察。
ここでも失業者の方々が農業研修を行っていた。

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ウェールズの土壌は貧しく、工作に適さないため、盛り土をして菜園を作っていた。

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牧草地帯が続く、風光明媚な地域。

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続いて、グラウンドワーク・ブリジェンド&ニーズ・ポートタルボットへ。
ここには、英国でも最も古い製鉄所があり、これと周辺を巡るトレッキング等、
観光に力を入れている。

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●タイムバンキングとは
タイムバンキングとは、1時間のボランティア作業につき1クレジットが発行され、貯めたクレジットを別の社会サービスを受ける際や地域のレストラン、カフェ、ジム等で使用出来る仕組みである。例えばAさんが路地の清掃を1時間手伝うと、Aさんは1タイムクレジットというお金の替わりになるものをもらう。そして、その1タイムクレジットを使って、1時間語学を習うといったボランティアを受けることができる。この取り組みは1980年代にアメリカで始まり、現在は世界26 カ国で導入されている。
7月に、NPOグラウンドワーク福岡の方々がウェールズを訪問され、タイムバンキングの取り組みを視察されるということなので、私も参加させていただいた。


●地域の概要
南ウェールズ地方、ブラインガルー地域は、主要幹線道路から離れた渓谷地域に位置する中山間地である。かつては産炭地として栄え、地域の人口は16,000人であったが、1985年の炭鉱閉山後、環境汚染による住民の健康悪化、主要産業喪失による経済の悪化、若者による反社会的行為、インフラ未整備、主要建物の老朽化と閉鎖等の問題が山積している地域である。結果として、人口は7,500人に減少し、生産年齢人口のうち約3割が失業している。
この様な地域におけるコミュニティづくり、活性化などの手段として、2004年からタイムバンキングが実施されている。


●運営主体について
タイムバンキングを運営しているのは、クリエイション・ディベロップメント トラスト(以下CDT)という組織であり、チャリティオーガニゼーションとして2000年に設立されている。
今回の視察では、CDTのドーン・デービス所長をはじめ、数人のスタッフの方々に話を伺うことができた。
CDTのスタッフはフルタイムが13名、21名がパートタイムである。スタッフの人件費は宝くじの基金や行政からの補助金で賄われている。
タイムバンキングのための運営資金は宝くじ基金からの助成金、イベント時の協賛金を活用しており、運営資金は年間80,000ポンド(日本円で約1,200万円)である。
6月末時点でのタイムバンキング登録者数は720人。発足当初は、チラシを各戸に配布するなど、地道な活動をして会員獲得をしてきている。
このタイムバンキングの取り組みは、「タイムセンター」と呼ばれている施設を拠点として行われている。タイムセンターは劇場、託児所、トレーニングルーム、調理室、ダンススタジオ、音響設備、事務所設備を備えており、ここで定期的にイベントが開催されている。


●貨幣価値を意識させない仕組みづくり
ドーン所長の言葉で非常に印象に残っていることがある。一つはタイムクレジットであって貨幣ではないことから、できるだけ貨幣価値という意識を持たせないこと。
2つめは、使った時間を会員同士で共有できるようにすることであった。
タイムクレジットは地域通貨と同じように考えてしまいがちであるが、地域通貨はあくまで通貨という概念であるのに対して、タイムクレジットは「サービス」と「サービス」との交換であることを忘れないようにしないといけない。タイムクレジットの使用では、すぐ労働を貨幣価値に置き換えてしまう頭を切り換える必要がありそうだ。


●メンバー登録と活動開始
タイムバンキングを利用するためには、まずタイムセンターで、提供可能なサービスを登録申請する必要がある。その後、タイムブローカーによる面接(興味の対象、技術についての聞き取りおよびタイムバンキングの趣旨についての説明)を経て、登録の際に2クレジット受け取る。そして、活動リストから自分の取り組む奉仕活動を選び、1時間=1タイムクレジットとして活動時間分のタイムクレジットを受け取る、あるいはタイムクレジットを使用して自分の好きなイベント等に参加する。


●タイムクレジットを得るために
ブラインガルー地域では、タイムクレジットを得るために、住民間で以下の様なサービスがやりとりされている。
・コミュニティ活動のサポート
・買い物を手伝う
・クラスを教える
・ゴミ拾いをする
・子供のアフタースクールの面倒をみる
・お年寄りのサポート
・機器の修理・メンテナンス作業
・髪を切る
・パンフレット配布  等
また、CDTでは、ビンゴ大会等のイベントの開催、映画の上映、託児サービス、会議室貸出、OA機器利用といった機会を提供している。例えば3時間のイベントであれば3タイムクレジット、2時間の会議室利用であれば2タイムクレジットを支払う。ドーン所長はCDTとは別に収益事業を行う「オハナ・リミテット」という団体を立ち上げており、この団体が運営するクリエイションカフェでの食事・飲み物の割引(1タイムクレジット=1ポンドの割引)もある。ドーン所長は「タイムクレジットで食事代を賄うようなことすると、材料費も出なくカフェの経営にも影響するし、タイムバイキングの主旨にもあわないとのことで、あくまでも割引としている」とおしゃっていた。
ビンゴ大会は、会員全員が使用したタイムクレジットの合計が一定時間使用された時に行っている。これは会員同士でのタイムクレジットの使用を共有化するための仕掛けであり、非常に盛り上がるそうである。このように参加者が楽しく、コミュニティも図られるような仕掛けは本当に上手いと思う。是非、今回、上陽町で実施する社会実験でも取り入れたいと考えている。


●タイムバンキングの効果
CDTのドーン・デイビス所長によると、タイムバンキングを導入した結果、地域活動への参加促進や、コミュニティへの当事者意識が醸成されているのを感じているという。
また、ブラインガルー地域において37の地域活動グループが創出され、反社会的行為の減少、人口流出に歯止めがかかり、住み良さの向上により地価が上昇したとのこと。このタイムバンキングを取り入れた地域活動は、2008年英国都市再生協会(BURA) コミュニティ再生大賞を受賞するなど内外の評価も高い。


●タイムセンターは住民の活気に溢れている
我々がタイムセンターを訪れた日は平日であったのだが、タイムセンターで子供たちを対象としたイベントが開催されており、チェルノブイリからの小学生一行と地元の小学生がダンスを楽しそうに踊っていた。また、別のフロアでは、高齢者や若者が近々開催されるパレードで使用する飾りをボランティアで作成しており、我々もばっちり1時間ボランティアをさせて頂いた。たまに鼻声が聞こえてきて、非常に和やかな雰囲気であった。


●日本でも時間預託に取り組んでいる団体は44カ所ある
我が国でタイムバンキング(時間預託)という考え方が導入されたのは1970年代前半といわれており、30~40年以上の歴史がある。その後、一部の社会福祉協議会やNPOなどで使われていたが、広く普及しなかった。1990年代半ばごろから「さわやか福祉財団」の堀田さんの提唱により「ふれあい切符」として全国に普及したが、介護保険の導入によって高齢者を対象とした福祉型の時間預託制度は低迷したといわれている。
我が国の時間預託制度に詳しい公益財団法人さわやか福祉財団にお聞きすると、日本国内でも平成22年夏時点で44の団体が時間預託に取り組んでいる。国内では高齢者福祉分野での時間預託制度に取り組む団体が多く、高齢者の居場所づくりと、「周」と名付けられた時間通貨を使った相互扶助に取り組む静岡県袋井市の「NPO法人たすけあい遠州」や、ボランティア活動の記録を塗り絵手帳に付けていく取り組みを推進する「NPO法人さわやか徳島など」が活発に活動しているとのこと。


●日本におけるタイムバンキングの可能性
日本のムラ社会には、かつて結い、もやいといった相互扶助制度が存在していた。しかし、現代のコミュニティにおいては、核家族化や高齢化、人口減少などによって、その仕組みが壊れつつある。それは都市部だけでなく、中山間地も同様である。タイムバンキングは、かつてのムラ社会では必要のない存在であったかもしれないが、現代人の生活においては、相互扶助を復活させるきっかけ、互いの感謝の気持ちを表現・交換するツールとなる可能性を持っていると思う。
そのためには、タイムバンキングのセンターであり、地域の誰もが立ち寄れるような居場所と地域で熱心に取り組む人、タイムブローカーとなる人などの人材が必要であると思う。
今年度、国交省からタイムバンキングの研究助成をいただいたので、高齢者福祉だけでなく、買い物代行、子どもの教育等、日常生活の様々な場面での利活用について、継続して研究していきたいと考えている。 

ブラインガルー地域の街並み
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タイムセンター。1800年代建築の、趣ある建物。
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中央の女性が、クリエイション・デベロップメント・トラスト所長のドーン・デービス氏
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タイムクレジット。1時間券、2時間券の二種類がある。
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ボランティア活動の様子。
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 佐賀県情報課事業「富士町情報化ビレッジ形成プロジェクト」に関わらせて頂く機会を得て、富士町に入り出して10カ月が経とうとしている。この事業の目的は「地域情報化を通じて、富士町の暮らしの豊かさを向上する」ことである。そのために4名を新規雇用し、大きく3つの事業①ICT利活用能力の向上、②地域ポータルサイト構築、③特産品開発に取り組んでいる。また、プロジェクトが終了する平成23年度末には新たな法人設立を含め継続できる体制づくりをしなければならないというミッションが与えられている。


●地域に入って3ヶ月は、事業説明に追われる
 このプロジェクトにプロジェクト管理としての参画が決定したのは昨年の9月末であった。10月から人材の募集、面接を行い、元地場有力企業の経営企画室長や、元富士町古湯地区の公民館長、農業大学校出身で海外居住経験を持つ若手スタッフ、イラストが得意な女性スタッフなど4名を雇用した。
 今回の事業には、「情報化」という言葉はついているが、ねらいは地域活性化であるため、ICT技術に加え、住民や事業主体間の調整能力が求められる。また今回の事業は新たにビジネスを起こすという最終目標もあるため、人材雇用については、自主性・モチベーションの高さも兼ね備えていることがポイントであった。面接でお会いした方は50名以上になったが、ICT技術だけでなく、コミュニケーション力にも長けた方々に集まって頂いた。
 事務所は富士支所の3階を借りることができ、地域に入ったのは10月下旬であった。スタッフ4名のうち、地元古湯地区在住者は1名のみ。地域の方々にとっては、我々は完全によそ者である。また、地元にはまだプロジェクトの情報は伝わっていなかったため、町の方々から出るのは「何ばすっと?」「この町で新しくビジネスば起こすのは難しかよ」といった言葉であった。
 そこで、最初に始めたことは、まずは顔を知ってもらう、事業のことを知ってもらう活動である。自治会や温泉旅館組合、JA、森林組合等の町内の様々な会合に出させてもらうとともに、30カ所以上の事業所に対してプロジェクトの説明と同時にヒアリングを行った。ヒアリングには、県の担当者にも同行してもらった。担当者の方は地元から様々な意見が寄せられ、胃が痛い思いもされたと思う。しかし、頻繁に地域に足を運んでもらったことで、県の思いが伝わり、地元からの信頼を得ることができたと感じている。これと並行して、全戸へのアンケートによる問題や地元のニーズ把握、町内の統計の整理、町内の各団体、キーマン、人間関係の把握、歴史文化の勉強、イベントや行事への参加など、地域の情報収集と現状把握に努めた。


●より地元のニーズにあった事業へ
 全戸アンケート調査の結果、「日常生活における安全・安心に関する情報が欲しい」ということが重要課題であった。また、ヒアリングでも、「以前よく見ていた町営のケーブルテレビが合併で放映中止になり、地域情報が埋もれてしまった」といった意見も多く聞かれた。そこで、当初のプロジェクト企画をもとに、より町の実情にあった形に修正を行った。以下、3つの事業の進捗を簡単に紹介する。

①ICT利活用能力の向上(ICTをもっと身近に感じてもらうための取り組み)
 富士町は、平成22年4月まで、主要公共施設を除きブロードバンドが整備されていないという状況であった。昔ながらのダイアルアップ接続であったため、使いづらく、高齢化も進んでいることもあり、インターネット接続率は37%と県平均の45%より低かった。しかし、平成22年4月からブロードバンドが利用可能になったため、町民の方々が自ら地域資源を発信するチャンスや、地区外の子どもや孫とコミュニケーションを取ることも可能になった。環境が整えば、インターネットを利用したい人も増えることが予想されるため、NPOシニアネット佐賀の協力のもと、インターネットやパソコンの基本的な使い方を学ぶ講座を5回シリーズ(延べ20日)で実施した。また、NTTドコモと連携し、携帯電話の安全利活用講座や、ブログ講座も開催した。
 講座の参加者は平均年齢65才、最高齢82才、元気な高齢者の方々に多数の参加をいただいた。講座の御礼に、一升瓶いっぱいの柚子胡椒を頂戴したり、地元の方々と交流する大変良い機会になった。この他、日田観光協会事務局長を務める佐藤真一氏を講師に招き、店舗や旅館経営者向けのマーケティング講座を実施した。この講座では、地域資源の中で自分が魅力的だと思うものをワークショップ形式で出し合い、これを福岡都市圏住民向けのアンケートによって、認知度・関心・来訪意向を調べた。その結果の分析、今後の取り組みなどを4回にわたってこのマーケティング検討した。
 ここで出された取り組みは、今年度本格的に事業化する予定である。
 また、韓国や国内の地域情報化の成功事例を紹介し、地域情報化の気運を高めることをねらったシンポジウムも開催した。こういった町内での活動は、地元に我々の活動を理解してもらう非常に重要な場であり、信頼を得る一助になったと感じている。

②地域ポータルサイト構築:地域に密着したサイト構成へ
 町民アンケート結果をうけ、富士の情報発信の窓口となるポータルサイトは、観光客向けのページ「富士町のおもてなし」と町民向けのページ「ふじねっと」という2段構えの構成とした。 「富士町のおもてなし」には、町内の観光スポットの紹介、町民向けページには災害・犯罪などの緊急情報も掲載される。また、インターネットを利用してこれまでの人間関係が維持され、補完できるような役割を果たしたいという思いから、町民のブログコーナーやツイッターなどを取り入れた。

③特産品開発:既存の調査結果を特産品開発に取り入れた
 富士町には、棚田米、レタス、ホウレンソウ、山菜など素晴らしい食材と、これを活かした料理がある。そこで、これらの資源を使った特産品を開発し、それを目当てに町内に来てもらいたい、できれば通販でも買ってもらいたいと考えていた。何を開発するかと考えていたところ、以前、佐賀観光協会のアンケートをお手伝いした際に、古湯・熊の川温泉は、全国と比較して「朝食の評価が低い」という結果が出ていたことを思い出した。
 そのことについて、九州じゃらんの佐賀エリア担当者と話をしたところ、温泉旅館組合と協力して朝食メニュー開発を行うことになった。具体的には、富士町の棚田米(これは本当に美味しい)をもっと食べてもらうために、9軒の旅館と共同で「ご飯にあう朝食メニュー」として卵かけご飯やとろろご飯などを試作開発し、じゃらんの誌面やホームページにおいてPRを行った。温泉利用客へのアンケートは毎年行っているため、評価がどう推移するのか、楽しみなところである。


●地域資源を活かした事業化支援のノウハウを 積みたい
 このプロジェクトがここまで到達することができているのは、「地元が必要としているサービスは何か」を第一に考え、事業の組み替えを行ったこと、佐賀県からの様々なサポートがあったこと、町内の様々な場に顔を出し人的ネットワークを築いたことなど、いくつかの要因があげられる。中でも、最も大きかったのは、地元支所、本庁の支援を得られたことだと思う。合併により「支所」になったとはいえ、地域住民の信頼は大きく、支所抜きには物事は進まない。支所、特に支所長から「プロジェクトは、町として全面的にバックアップしていく」というありがたいお言葉をいただいてから、道が開けた様に物事が進み出した。
 今年の5月からは、町内の自治会、各種団体、NPO、行政からなる「富士町の振興を考える会」という協議会が立ち上がり、その事務局も務めさせてもらっている。今後は、協議会の支援のもと、地域資源を活用した観光商品の企画や活性化のアイデアを出し、町の方々と連携しながら実現していきたい。
 「地方にできることは地方で」という大きな流れの中で、国から地方への補助金や公共工事削減、地方交付税の見直しといった動きが進むとともに新たな企業誘致は望むべくもない。これからの地方にとっては、如何に「内からの創出・発信」をしていくかが重要であり、「地域資源を活用したビジネスの立ち上げ」のニーズは多い。地域に密着した事業化支援型シンクタンク、NPOの存在意義が増していると感じる。
 中山間地ではどこでもいえると思うが、資源は限られている。だがその一つひとつをよく見ると、素晴らしいものがたくさんある。また、地域に住む人達も素晴らしい人がたくさんいる。それらの資源ををどう共有し、協力体制を築きながら新たな魅力を作っていけるか、これからがプロジェクトの本番である。


初級パソコン講座参加者の平均年齢は65才
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パソコンサークルもやってます。
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富士町情報化シンポジウムを開催
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温泉旅館組合青年部、九州じゃらん、ふじねっとが共働で古湯・熊の川温泉旅館の朝食メニューを開発。
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朝食メニューの一品、旅館大和屋さんの卵かけご飯(富士町産棚田米を使用)。
三瀬村の小野寺さん家の卵に、こだわりの醤油をかけていただきます。
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富士町地域ポータルサイト「富士町のおもてなし」
http://www.fuji-net.jp/
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富士町の特産品の通販をはじめました
ご注文はコチラから→ http://www.fuji-net.jp/shop/index.html
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昨年度は早稲田佐賀中学校・高等学校の基本構想づくりに結構な時間を注ぎ込んだのですが、
この学校がいよいよ4月に開校です。
中学校の入学志願者は911名(7.59倍)、高校生の入学志願者は550名(4.58倍)だったそうです。


この業務の中で、九州内の学習塾に通学する生徒2500名を対象にアンケートを実施し、
その結果から、入学志願者は中高ともに1000名程度が期待できると大学側に報告したのですが、、、。
高校生の志願者が思ったより少なかったですね。


男子生徒に関しては九州ではラ・サールと久留米附設の牙城を崩すことは容易ではなく、
競合は青雲になるのでしょうが、青雲は中学の志願倍率が3.4倍、高校が5.8倍だったそうです。
志願者倍率は一勝一敗。
女子生徒については最近福岡市近郊の学校で優秀な生徒の奪い合いが激化してますねー。
我が母校の泰星学園も男女共学になるそうですし。


福岡市天神から早稲田佐賀のキャンパスまでは、高速バスを使って約1時間。ちょっと遠い。
寮もあるのですが、娘を持つ父親の心情として中学校から外に出すというのは、
少し心配&寂しいというのが正直な気持ちです。


いずれにしましても、早稲田佐賀中学校・高等学校から次代を担う人材が輩出されることを願っております。


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 昨年10月から佐賀県情報課からの委託をうけ、佐賀市富士町において「情報化ビレッジ形成プロジェクト」のプロジェクト管理を担当している。

富士町は福岡の中心部から車で1時間、その面積の8割が森林であり、レタスやプッチーナをはじめとした農産物や、古湯・熊の川温泉という泉質の良い温泉がある。

H21年の人口は約4500人であるが、減少傾向にあり、今後少子高齢化が進展すると予想される地域である。また、人口の減少に伴い事業所数も減少している。通信環境はH22年3月現在において、町内の一部の拠点施設を除いてブロードバンド環境が整備されておらず、自宅でのインターネット利用率は37%と県平均の45%を下回る状況である。その富士町において、今年度中にブロードバンドが整備され、今後は地域資源のインターネットでの情報発信や、諸問題の情報通信技術(ICT)の活用による解決が可能になる。

そこで、本プロジェクトにおいて、佐賀県は地域住民の方々の①ICT利活用能力の向上、②富士町のインターネット上の玄関口となるようなポータルサイトの構築、③新たな特産品開発、の3つを大きな柱として、地域住民の方々の所得向上や交流人口の拡大を目標に事業を推進している。

プロジェクトは10社1大学からなり、事業期間は最長で平成23年度末まで。それまでに「富士町民の暮らしの豊かさを向上すること」「継続できる運営体制を構築すること」が我々に課せられた課題である。現在既に4名を雇用しており、ともに富士町内を駆け回っている。

 

●地方都市の活力回復に向け、韓国は「情報化村事業」を選択した

昨今、全国各地でこうした「ICTを導入した地域づくり」が展開されているが、韓国も同様の状況にある。ご存じのように韓国はソウル、釜山に人口が集中しており、ソウル市,仁川市と京畿道を合わせた首都圏人口は全国人口の約5割を占めており、1960年代以降から地方の人口が都市部に流入し続けた結果、地方都市においては日本以上に高齢化が進んでいる。そのような状況の打開策の一つとして、韓国政府は「情報化村事業」に取り組んでいる。

具体的には、2002年より大韓民国行政安全部(日本の総務省にあたる)が中心となって、政府の認定を受けた「情報化村」において、インターネット利用環境、パソコン配布、村の情報センター建設などインターネットの利用基盤を提供している。そして、各情報化村のHPを作成し、それらを束ねたポータルサイトを国が運営している。これは、国営の楽天市場の様なイメージであり、通販や観光の申込が可能である。

20102月現在約370の情報化村が認定されており、認定を希望する村は事業計画を国へ提出し、認められると上記支援策の費用として日本円で約3千万の予算が与えられ、情報センター建設、地域住民へのPCの提供、webサイト、ショッピングサイト構築等の事業を行う。

情報化村事業の推進は、「情報化村事業団」という政府の外郭団体が担っている。この事業団の方々は、情報化村として採択された地域に対してwebサイト構築、体験観光商品の作成等についてのアドバイスを行う。そして、実際に現場で情報化村事業の各メニューを実施するのは、地元の住民を中心とした委員会である。 

2月の下旬、情報化村事業団の方々と佐賀県情報・業務改革課の廉情報企画監、そして地元富士町の方々とともに韓国を訪れ、楊平(やんぴょん)郡ボリッコゲ村、驪州(よじゅ)郡ひまわり村の2つの情報化村を視察した。


●韓国情報化村事業は、観光振興事業に近い

まず一箇所目にボリッコゲ村に行った。ソウル市内から東へ約1時間30分のところに位置するこの村は、標高が富士町とほぼ同じ。2005 年に情報化村として認定を受け、農村体験ツアー、電子商取引(ネット通販)を中心に成果を上げている。

村には98世帯201名の村民が在住しており、村民の平均年齢が70歳を超える高齢化の中、インターネット利用率は全世帯の70%を超え、情報化村の取り組みへの参加世帯は約6割となっている。体験ツアー商品として14のコースを開発し、現在までに約1万人の参加実績があり、ネットショッピングと合わせて、農業収入が認定前の約20万円から約80万円と4倍、村への来訪者は約100人から約1万人へと大幅に増加している。ここでは体験観光の豆腐作りと餅つきに参加したのだが、村人の笑顔が非常に印象的で、日本と韓国の餅つきの違いで盛り上がるなど、言葉の壁を越えたコミュニケーションが取れた。ボリッコゲ村には4時間ほど滞在し、昼食代(山菜ビビンバ)と体験観光料金あわせて料金は一人4,000円であった。

次に、ボリッコゲ村から南へ約1時間かけて移動し、ひまわり村に向かった。2004 年に情報化村の認定を受けたこの村は、118 世帯289 名が在住しこの内35世帯(30%)が現在情報化村事業に参加している。年間約3万人の観光客が来訪しており、この結果、体験観光の収入は農産物収入の3倍にあたる約3,000万円を稼ぎ出し、村の収入の柱となっている。体験観光は川遊び、畑の作付、田植えなどのコースに人気があるとのこと。情報化村事業収入の10%が情報化基金として村の管理団体に渡され、このお金を使って付帯設備などへの投資を行っている。

体験観光の一つであるイチゴ狩りに参加したのだが、ハウスの中に音楽を流す農法と、環境にやさしい肥料を使い栽培したイチゴは糖度が高く、日本でも滅多に食べることが出来ないような非常に美味しいものであった。


●地域情報化は、人と人とをつなぐ仕事?

これら2箇所に共通していた点は、我々をもてなしてくれた村民の方々が笑顔であふれているということである。「情報化」「ICT」という言葉を聞くと、人の介在を減らし、効率化を進めるようなイメージを持たれがちであるが、重要なことは、人と人との交流を、どうICTで支えていくかということである。韓国の情報化村事業は、村民に対して収益面での効果をもたらしていることに加え、村に賑わい、交流を生み出しているからこそ、施策が9年間継続し、新たな情報化村が続々と誕生しているのだろう。

また、韓国情報化村は、外部人財としての「情報化事業団」と、地域の内部人財により組織された委員会とが上手く機能し、外からの知識・ノウハウの導入と内部の調整とのバランスが取れている点も、一つの要因であるかもしれない。外部の人間が地域に入って地域活性化事業を行う際には、事業目的を説明し理解を得ること、地元側のリーダー・協力者を探すこと等に非常に労力が必要なものと思う。事業団の方によると、成功へのカギは「地元住民の人材育成に積極的に、頻繁に携わること。コツコツと時間をかけて信頼関係を築くことしか方法がない」ということであった。

今回の情報化ビレッジ形成プロジェクトも韓国の情報化事業と同様であり、もちろん所得の向上に寄与できることが継続の大事な要素であるが、忘れてはならないのが、地域住民の方々の生き甲斐、活躍の場を、いかに仕組みとして創り上げるかということであり、インターネットはそのための一つの手段に過ぎない。そういった商売の種や課題は直接人と会い、人と人とを結ばなければ見えてこない。今回のプロジェクトはスタートして半年が経過したが、「情報化ビレッジ形成プロジェクト」における私の仕事の9割は、富士町民と外部人財とをつなぐことや、共通認識を持つための場づくりなど、人間関係に関わることだと思っている。


韓国情報化村事業の概要(情報化村事業説明資料より)

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ボリッコゲ村の情報化センターにて、情報化村事業の説明を受ける。 

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餅つき体験の様子。韓流の餅つきは臼を使わない。

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ボリッコゲ村では、情報化村事業による収益で石積みを整備したとのこと。

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ひまわり村のホームページ。

コンテンツは、体験観光や物産の紹介等。

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ひまわり村にて、情報化村委員長(左端)やイチゴ農家(右端)の方からお話しを聞く。

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道州制に関するシンポジウムのお知らせ。
QBSの学生が企画・運営するイベントです。
(私も運営メンバーの一員として参加します)
御都合付けば、是非ご参加ください。
以下概要。


日 時: 2009年11月21日(土) 17:30~20:00
場 所: 九大学 国際ホール(箱崎地区) 福岡県福岡市東区箱崎6丁目10の1
主 催: 九大学大学院経済学府産業マネジメント専攻(略称:九大ビジネススクール(QBS))
後 援: 西日本新聞社、QAN他
定 員: 150名(参加無料)
■プログラム(詳細、後述ご参照下さい)
17:30 主催者挨拶
17:35 基調講演      
講師 PHP総合研究所 代表取締役社長 江口克彦 
演題 「地域主権と
18:40 MBA生によるプレゼンテーション 「と九の未来」
19:30 パネルディスカッション
◆パネラー
江口 克彦氏:PHP総合研究所 代表取締役社長
 功 氏:九大学大学院経済学府産業マネジメント専攻長
前田 隆夫氏:西日本新聞 編集企画委員会編集委員・九大学大学院法学研究院 客員准教授
◆コーディネーター
 心平氏:フリーアナウンサー
20:00 終了予定

お問い合わせ
大学ビジネススクール事務室
電話:092-642-4278 E-mail bs@en.kyushu-u.ac.jp
URL http://qbs.kyushu-u.ac.jp/
いやー。久しぶりに書きます。
やばい、ブログの書き方忘れかけてます。

たまに、チャリに乗ってます
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あおいさんも大きくなりましたIMG_8382.JPG

5月16日(土)、一年に一度の会社のパーティーがありました。
お世話になっている各地域の方々が自慢の一品を持ち寄る形式です。

毎年恒例、社長手製の薫製。
薫製器も自作。
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こちらは前社長によるそば打ち
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宮崎県椎葉の菜豆腐
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五島の魚とうどん
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熊本県あさぎり町のベーコン
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はるばる東京から来て頂いた方もおり、感謝感謝
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ホテル ルイガンズで娘が嘔吐した原因は「嘔吐下痢症」だったようで、その後帰宅の道中や家の中でも突然の嘔吐を繰り返し、水を飲んだら30秒後に下してしまうという状態が1週間も続きました。
奥さんも風邪をひいてしまい、GWはほとんど外出できず、あっちゅう間に終わってしもうた。
保育園に入園してからというもの、常に何かの病気にかかっているような気がするぞ。


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ぐったり。。。
今から仕事も学校もどんどん忙しくなるのに、やらなきゃいけないことが全然おわらんかったな…。
4月13日からQBSの授業がはじまり、会社と学校と家庭の3足のわらじを履いています。

学校は1年の前期が一番忙しいらしく、必修の授業が週6コマと選択が2コマ、合計週に8コマ×90分の授業を受けています。夕方7時半からの九大箱崎キャンパスでの授業に行くためには、7時前の地下鉄に乗らなければならず、これまでだいたい夜9~11時頃まで仕事をしていた僕にとっては、ライフスタイルが大きく変化しました。今は仕事が落ち着いているから何とかやっていけてますが、仕事が慌ただしくなってからが本当の勝負です。

今週の火曜から大学がGW期間に突入したので、授業も一休みです。めっちゃほっとしたー。
ということで、29日は結婚記念日ということもあり、百道から船で志賀島に渡り、ルイガンズでランチ&水族館見物を楽しんできました。途中、葵ちゃんがホテルの椅子に吐いてしまうというハプニングがありつつも、心身ともにリフレッシュ!!

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先日、センパイが壽退社するので、送別会が開催された。
場所は、またもや中洲の博多みやちく
JA宮崎のお店デス。

前菜2品、魚料理、焼き料理(宮崎牛ステーキとエリンギ)、ガーリックライス、デザート(3種盛)、飲み放題付きで8,000円!
コストパフォーマンスに皆で感心しきりでした!
是非とも又行きたいお店。

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住所:福岡県福岡市博多区中洲5丁目2ー1 ジェイパーク中洲ビル2F
電話:092-262-2914
福岡市営地下鉄のICカード「はやかけん」
その奇をてらったネーミングについてはおいといて
ここぞとばかりに学割を活用し、購入。

福岡では路線が単純&まだ相互乗り入れができないので、使っている人はあまり見ない。
割引率も低いし。
配色は、まだバリエーション少ないね。

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先週は、
あおいさんが保育園に入園
奥さんが薬局に復帰
僕が学校に入学
と、我が家にとっては新たなチャレンジづくしの一週間でした。

あおいさんは保育園にまだ慣れず、ママの手元を離れた瞬間に大泣きらしく…。
ママが迎えに行くと大泣きしながら駆け寄ってくるらしく…。
がんばれ!あおい!

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ところで、QBS入学式後の懇親会では一人ずつ自己紹介があったんですが、
噂通り様々な職種・人となり・国籍の方がおられます。
せっかくの機会をしゃぶりつくしていこうと思い、
学生会幹事をさせていただくことになりました。

皆様、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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